ロバート キャンベルが広島原爆の日に想う「黙祷、非核三原則、学生時代の記憶……」
フリーライターの武田砂鉄が生放送でお送りする朝の生ワイド「武田砂鉄 ラジオマガジン」(文化放送)。8月6日(木)8時台のコーナー「ラジマガコラム」では、木曜前半レギュラーの日本文学者・ロバート キャンベルが、原爆の日にまつわる様々な想いを語った。
ロバート キャンベル「今、広島では81回目の平和記念式典が行われていまして、ちょうど今高市総理が就任後、初めての式典に臨み、挨拶を述べている最中です。で、注目されるのが、非核三原則に触れるか触れないかということでして、先ほど見ていましたら、非核三原則のことは『我が国では守ってきた』という趣旨のことをおっしゃっているわけです。それが、これから堅持をするのか、それがどういうことなのかという言及が
なかったようです」
武田砂鉄「はい」
キャンベル「8時15分に1分間の黙祷がありました。この黙祷の、日本や世界における歴史を振り返ってみると、実は日本には独自のあり方というものがありまして。
私たちは『1分』という時間が、わりと共有されているわけですけれども、世界では、例えば私が育ったアメリカでは『Moment of Silence』というふうに言われていて、時間が決められていないんです。30秒だったり40秒だったりということですし、その『Moment of Silence』は実は『Moment of Prayer』、祈りの瞬間と
いうところから発展しているということがあります。
1940年にナチス・ドイツによるロンドンへの大規模攻撃・ブリッツクリークが
始まった時に、イギリスでは毎晩9時に1分間の『Moment of Prayer』という
運動が始まったわけですね。夜9時に必ず1分間、全ての国民が平和を、勝利を、そして亡くなった人たちのその慰霊ということを考えるということがずっと戦時中続いていたわけです。
今もウクライナで、私は先月、現地で毎日体験しましたけれども、朝の9時に、歩いている人、車に乗ってる人たちは全て足を止め、車を止め、1分間の黙祷をすることがずっと4年間続いているわけです」
武田「毎日ですか!」
キャンベル「毎日です。毎日やってるわけですね。日本では、関東大震災の翌年、1924年の9月1日に、一周忌と言いますか、記念事業が東京で行われた時に、
初めて1分間の黙祷というものがあり、そこから普及しているということです。
今、阪神淡路大震災の1月17日と東日本大震災の3.11、それから8月は6日と9日の二つの原爆の日に、必ず1分間の黙祷というものがあります。
一般にprayer(祈り)は、神に何か祈りを捧げて亡くなった方々の魂のために祈るということになるんですけど、日本のその1分間の黙祷で、誰が何を思うかっていうことは別に規定がないんですね」
武田「そうですね」
キャンベル「何を考えてもいいわけです。これはすごく大事なところでして、私たち一人一人が、今ここにいない人たちに対するストーリー、記憶だったり事実だったり、それを思い起こしながら共感をしたり、その人が経たであろう苦しみですとか、それが何を意味するかということをこの1分間の中で思いを寄せるということが多いと思うんですね。少なくとも自分の経験としては、そういうことがとっても多いんです。
ということで、この黙祷と、黙祷が捧げられている人々、その時のその瞬間ですとか背景ですとか、そのことのストーリーや表現、私たちはそれをどういうふうに受け止められているかということはとても大事なことだと思います。
で、今回この平和式典が行われ、史上最多の国が参加をしているわけですけれども、これはとっても良いことだと思います。けれど、この一つの背景として懸念すべきなのが、今年の5月、ニューヨークの国連本部で開催された「核不拡散条約(NPT)再検討会議」が行われ、3回連続で成果文書が調印されない、つまり実際にNPTという世界の核拡散を防ぐための取り決めがそのまま無力と言いますか、止まってしまったという現実があるわけです。
今回2月からアメリカがイランに対する攻撃、イランの核兵器開発に関する問題が再燃されていて、アメリカが反対をするという形で調印ができなかったことを受けて、今年の8月6日のこの式典があるということは、やっぱり思い出したいなと思います」
武田「はい」
キャンベル「で、今年の5月2日にニューヨークで行われた国連のその会議で、NGOの協議会が行われていまして、2024年にノーベル平和賞を獲った日本の被団協(日本原水爆被害者団体協議会)で、去年事務局長になられた濱住治郎さんという方が演説をしているんです。
この濱住さんという方は、広島の胎内被爆者ということで、被爆された時にどういう状況にあったかっていう話をされました。そして最後に、1982年に国連の大きな核不拡散の総会があったわけですけど、その時の当時の事務局の山口仙二さんという方が『ノー・モア・ナガサキ、ノー・モア・ヒロシマ、ノー・モア・ヒバクシャ』ということを叫んだことを、濱住さんが継承して言ったわけですね。
その『被爆者』という言葉が英語になるきっかけを、山口さんが82年に作ったわけです」
武田「そうですね」
キャンベル「濱住さんは原爆で自分のお父さんを亡くしたわけですが、自分はお母さんの胎内にいたので、会ったこともない犠牲者のお父さんの話を非常に淡々と話したということが、アメリカでもかなり報道されたわけですね。こういう一つ一つのストーリーというものが、私たちが思いを寄せる、ここにいない人たちに慰霊をするとか、それからその戦争が何であったかということを考え、これからの私たちの行動を考える時に、とても重要なことだというふうに思います」
この後もロバート キャンベルさんは「原爆の日」に思うことを、自身の経験を基に語っています。気になる方は、radikoのタイムフリーでご確認ください。
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