水俣病の「公式確認」から70年。原点はもっと前にある

水俣病の「公式確認」から70年。原点はもっと前にある

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ニュースキャスターの長野智子がパーソナリティを務める「長野智子アップデート」(文化放送・月曜日15時~17時、火~金曜日15時~17時35分)、4月16日の放送にノンフィクション作家の常井健一が出演。水俣病が公式に確認されてから70年となる5月1日を前に、改めてどう考えるべき病気なのかを解説した。

常井健一「水俣病の話は昨年6月にもして。そのときは『水俣病は遺伝しません、移りません』と解説をしました。チッソという化学メーカーの工場が戦前から熊本県の南部にあって。戦後の高度成長期にかけて有機水銀という有害な化学物質を工場から海に流し続けたと。それが魚の中に蓄積して、普段どおり魚を食べていた人たちが発症した、ということです」

長野智子「はい」

常井「公式確認70年を迎えて。これから大型連休にかけて、その歴史をまとめた報道が相次ぐでしょう。その前に1つ、問いを投げかけたいと思っていまして。『公式確認70年』という表現は本当なのか、と」

長野「どういうことでしょう?」

常井「公式確認という聞きなれない言葉。これは水俣市内の病院で働くお医者さんが『原因不明の患者が出ています』ということを地元の保健所に届出をしたとき、という意味です。70年前のその日から病気が始まった、ということではない。さらに言えば患者と思われる人のカルテは85年前から存在したんです」

長野「昭和16年、ということですね。カルテのあった85年前が原点でしょうか?」

常井「それも違うと思っています。有機水銀の排水は94年前、昭和7年から行われていて。工場ができたのは118年前。水銀を流す前から漁業被害が出ていた、という記録が残っている。70年どころか120年前まで遡らないと水俣病の原点にはたどり着けない。日本近代を丸ごと検証しないと究明できません。70年前に被害が止まった、という話でもなく」

長野「はい」

常井「有害な排水が止まったのは公式確認から12年も経った1968年でした。その間、原因物質が判明しても、企業のチッソも政治家も止めようとしなかったんですね。市民はよく知らずに汚染された魚を食べ続けてしまった。原因不明で亡くなった方も含めると10万人もの患者が出た、という研究もあって。身体的な苦痛だけでなく、精神的苦痛、社会的孤立、経済的な困窮といった二重三重の苦しみに苛まれる。こうした被害が現在進行形です」

長野「はい」

常井「でも国に患者認定を申請できたのは3万人ぐらいしかいない。認定されたのはたった7%という状況です」

長野「常井さん自身、水俣にはずいぶん足を運んでいらっしゃるんですね」

常井「かれこれ30年近い関わりがあります。大学時代に当事者の皆さんのご自宅でじっくりとお話を伺う機会が何度もありました。輝くような、不知火海というのが広がっていて。普段着で、熊本の訛りで訥々と語るんですよ。そのときハッと気がつきました。患者の皆さんは、運動をしているわけではない。生活をしているんだ、と」

長野「はい」

常井「水俣病というのは自分たちと同じ生活様式の延長線上で起きた事件だな、他人事ではない、と考えるに至った。その中で出会った1人が、緒方正人さんという漁師です」

このあとは水俣病の語り部の第一人者といわれる緒方正人氏について常井が解説した。今月、都内で開催された講演の音声も放送した。詳しくはradikoのタイムフリー機能で確認してほしい。

「長野智子アップデート」は毎週月曜~金曜午後3時~5時、文化放送(FM91.6MHz、AM1134kHz、radiko)で放送中。radikoのタイムフリー機能では、1週間後まで聴取できます。

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