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4月3日 ゲスト:杉田二郎さん


テーマ『歌はラブレター!
       これからも愛する人のために歌い続けたい!!』

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 ゲストには、
 今年デビュー42年目を迎える
 杉田二郎さんをお迎えして、
 衝撃的(笑撃的?)な
 マラソンに挑戦する「きっかけ」、
 70年代に大ヒットを記録すると同時に
 大騒動にも発展した
 『戦争を知らない子供たち』の舞台裏

そして、故 加藤和彦さんへの想いも語っていただきました。

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走り始めたのは59歳6カ月

趣味は「マラソン」という杉田二郎さんに
60歳からマラソンを始めた理由を伺いました。

  60歳の誕生日を半年後に控えたある日、
  クルマに乗り込み、エンジンをかけようと思ったら・・・
  そこは後部座席だった・・・。

  「自分は大丈夫か?!」

この“事件”によって
「これからは一歩一歩、確認しながらいった方がいい」と痛感。

  “マラソン・ジョギングを楽しむ”ミュージシャン仲間からの誘いを受け
  半年間ジョギングに取り組むと、
  60歳を過ぎてからハーフマラソンにチャレンジ。

杉田 「目標を立てて60に向かっていくという思いが強かったですね」

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『戦争を知らない子供たち』の真実

1970年、杉田二郎さんの知人の直訴によって
大阪万博でアマチュアフォークシンガーのステージが実現。

  このステージの“テーマ曲”として製作された楽曲が
  北山修さん作詞、杉田二郎さん作曲の『戦争を知らない子供たち』

当時、このステージに関わったスタッフは
皆、戦後生まれだったそうですが、
楽曲を聴く人との世代間ギャップや
『戦争』に対する意識や解釈の相違などから
楽曲に対する賛否がわかれました。

  「今の若者は戦争にも行ってないくせに生意気なことを言うな」
  「戦争は体験しない方がいい。それが“戦後生まれ”の想い」
  「『戦争なんて知らないよ』という大人への反発」(杉田)

弘兼 「反戦歌のひとつだと聴こえましたけどね」

杉田 「我々が小さい頃は、大人から戦争体験を聞いていたので
     『戦争は人間をめちゃめちゃにする』と思っていました。

    (楽曲には) 『もっとよくしよう』という意味合いがあったんです」

その後、翌71年には『ジローズ』が発表。
大勢の人の耳に届くことになると再び・・・

  「そんな甘い歌を歌ってる場合じゃないだろう!」
  「よくぞ、このタイトルで歌ってくれた!」

学生運動が盛んな当時、
大学の学園祭で『戦争を知らない子供たち』を演奏すると
客席は反対派・賛成派から「帰れ!」「歌え!」の怒号が飛び交い・・・

杉田 「なんでこの歌1曲でこんなに大騒ぎになるんだろう。
     でも、この1曲で“いい・悪い”とみんなが議論してくれている――
     『すごいことになったな』ということですよ」

きたやまおさむさんは「ブーイングを浴びてまで詩を書きたくない」
杉田二郎さんも「もう歌うのは嫌だ」と感じ
“騒動”を引きずりながら4年が経過。

  1975年(昭和50年)ついに“気持ちに決着をつける”機会が訪れました。
  場所は沖縄
  日本に返還されてから3年が過ぎた沖縄でのステージ。

  「沖縄で『戦争を知らない子供たち』を歌うことには勇気が要り
   “ビビって”セットリストに入れなかったんです」

しかし、アンコ―ルの拍手でステージに戻る杉田二郎さんを迎えたのは
観客による『戦争を知らない子供たち』の大合唱

杉田 「涙が出て、
     『これでようやく、みんなのところに この楽曲が届いた』
     と思ったんです」

  その日のうちに、きたやまおさむさんに宛てた手紙には
  『やっと気持が穏やかになった』
  『この曲を、また新たに歌っていいんだな、と確認した』
  と綴られたそうです。

『戦争を知らない子供たち』
ラジオネーム・春夏秋冬さんから
「団塊リポート/初めて買ったレコード」への投稿をいただいていたことから
杉田二郎さんに生演奏を披露していただきました。

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加藤和彦さんを語る

「アマチュア時代の同窓生みたいな感覚」という“盟友”の訃報から半年、
杉田二郎さんが初めて、加藤和彦さんについて語ってくださいました。

杉田 「ものすごく優しい人なんだけど
     もう一人の“加藤和彦”がいて、
     この人が自分のことに、非常に厳しい見方をしていた
     ――そういう風に思えて仕方がないんです」

  加藤和彦さんとは、亡くなる1か月前にステージを共にされ、
  悲報を耳にした時は
  「腰が抜けて、何も考えられないし、
   誰にも 電話することすらできない」
状態になったそうです。

杉田 「ものすごくショックを受けましたけど、
     彼の残してくれたことを、今ずっと思い出してます。
     ライブでも彼の歌をよく歌います」

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デビュー42年目も変わらない“声”の魅力

番組では、共に楽曲を制作されたきたやまおさむさんとの出会いや
『帰って来たヨッパライ』大ヒット秘話、
ザ・フォーク・クルセダーズの1年限りのプロ活動に関する
エピソードもじっくりお伺い。

  きたやまおさむさんと共に制作された『男どうし』や、
  今年2月に発売されたニューマキシシングルから
  『ANAK(息子)~ニューバージョン~』
  さらには、生演奏での『風に吹かれて』など
  楽曲もたっぷりとお聴きいただきました。

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(左)生歌に聴き入る弘兼&石川 (右)『戦争を知らない子供たち』生演奏
(写真右は画像をクリックすると別画像を表示します)

弘兼 「声は昔のままで素晴らしいですね!」
石川 「お声を聴いていると落ち着きますよね」

  弘兼憲史さん、石川真紀ぴょんもシビれた低音の魅力
  皆さんもラジオやradikoなどを通じて感じていただけたのではないでしょうか。

弘兼さんは、放送終了後、
番組でおかけした杉田二郎さんのCDの「商品コード」を愛用の筆ペンでメモ。
CDの購入を決めていました。

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お送りした曲目

再会 / 杉田二郎
  (弘兼セレクション)
東京カチート / 杉田二郎
  (弘兼セレクション)
風に吹かれて / 杉田二郎 LIVE!
 
戦争を知らない子供たち / ジローズ
 
あの歌を覚えているか / 杉田二郎

男どうし / 杉田二郎

戦争を知らない子供たち / 杉田二郎 LIVE!
  (RN・春夏秋冬さんが初めて買ったレコード)
前向きに倒れてみたい / 杉田二郎

ANAK(息子)~ニューバージョン~ / 杉田二郎

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杉田二郎さんの名言・好きな言葉はこちらをご覧ください。

2010年04月03日