終わりよければ・・・(放送終了)

2月4日~8日の「ラジオバイオグラフィー5冊のアルバム」のゲストは、藤山直美さん

fujiyama_kunimaru.jpg

2月4日月曜日  「私は王貞治さんのファンなんです。」
家が常に借金の抵当に入っていたという藤山家。子供のころ子役をしていた藤山さんは、割と世の中を冷めて目で見ていたようです。近所の友達とはよく遊んでいたそうで野球をよくやっていたそうです。野球は巨人のファン。なぜならそこに王貞治さんがいたから。V9時代の巨人の選手の名前がどんどん出てきます。そして今はソフトバンクのファンなのだそうです。理由はそこに王さんがいるから。でも初恋の相手は意外な方でした。

2月5日火曜日 「父親の舞台は見ないで歌舞伎に夢中」
中学一年の時に当時の市川猿之助の歌舞伎を見て、ノックアウト。もうそれからは歌舞伎通いの青春時代が始まります。藤山寛美さんが東京で公演をしているとき友達と東京の新橋演舞場に遠征。お金は父親の寛美さんが払っているのに、寛美さんの舞台は一度も見なかった。
1泊2日で4回の舞台を見て帰って行ったそうです。世の中は新御三家が人気なのに、「成田屋~!」とどこで声をかけるかに青春をかけていたそうです。もちろんセーラー服で...

2月6日水曜日 「喜劇役者になったきっかけ」
喜劇役者になるとは思っていなかったのに、父親の死がきっかけでやることになった直美さん。
今となっては藤山寛美の舞台をもっと見ておけばよかったと思うそうです。
普通の女性として結婚して子供産んで過ごしていくと思っていたのにそうはいかなくなった。
中には父親の演劇のスタイルをそのまま受け継ぐと思っている人もいたそうです。直美さんは10年後、20年後に期待に添えるようにできればいいのではないかと思っているそうです。

2月7日木曜日 「歌舞伎愛と高校野球」
NHKの朝のドラマに主演で人気、認知ともにうなぎ上りに。志村けんさんが藤山寛美さんの舞台をやることに。とてもうれしかったそうです。直美さんは志村けんさんに「バカ殿」に出たい!とリクエスト。バカ殿の妹役で出ることになりました。一方、今でも歌舞伎への愛は変わらず。見られない日が続くと禁断症状が出てくるそうです。1日でも休みがあれば大阪の舞台を見に行くそうです。特に苦ではなくそれがもう日常化しているそうです。そして、高校野球の話へと進んでいきます。なぜか四国勢が好きなのだそうです。

2月8日金曜日 「舞台の話、今後の藤山直美」
芸能界に友達がいない、付き合いが本当に悪い女なんですと直美さん。でも普通の学校時代からの友達はたくさんいるし、しょっちゅうあっているそうです。それが楽しい。
明治座で現在公演中の舞台は「かたき同志」三田佳子さんと共演。
役者としては今後、普通の近所のおばさんの役としてやっていられたらいいなぁと話す直美さん。個人的な望みはあまりないそうです。あれもこれも望みがあっても、この頃は、一つ二つできただけでも感謝しないといけないと思うなのだそうです。この言葉には邦丸さんも深く納得。

<藤山直美>
昭和33年、大阪市生まれ。松竹新喜劇座長、故藤山寛美の三女。3歳のときNHK大阪制作の「桂春団治」に父親と一緒に出たのがテレビ初主演。ミュージカル「見上げてごらん夜の星を」の子役オーディションに合格して初舞台を踏む。以来、父と共演した「追分供養」、NHKテレビ小説「心はいつもラムネ色」(昭和60年)などに出演したほか、「おんなは度胸」(平成3~4年)で人気を博し、初の主演映画「顔」(平成12年)に於いて数多くの賞を獲得。一方、父・藤山寛美氏の死後は松竹新喜劇で座長格として公演を行う。