終わりよければ・・・(放送終了)

8月18日~8月22日の「ラジオバイオグラフィー 5冊のアルバム」のゲストは、富田靖子さん

8月18日(月)  「子供の頃の話」
富田靖子さんの子供の頃は成績は真ん中、クラスでも目立つことのない普通の女の子でした。好きな子にバレンタインのチョコレートをあげても、皆の中に紛れてしまい覚えていてもらえたかどうかもわからない、そんな女の子だったそうです。引っ込み思案だった富田さんには、小5の時に転機が訪れます。必修クラブを選ぶときにバスケットボール部を希望していた富田さんでしたが、ジャンケンに負けてしまいます。富田さんは演劇部に入ることになったのです。

8月19日(火) 「演劇の世界へ」
偶然入った演劇部は富田靖子さんにとって居心地の良い物でした。みんなで一つの物を作るのが楽しかったと話す富田さんは、翌年は部長に、そして主役に自分から立候補をするぐらい積極的になっていたのだそうです。
14歳で映画「アイコ16歳」のオーディションに合格、ヒロインとなります。オーディションを重ねていくうちに私ならやれるという自信が出てきた、根拠はなかったけど。と、当時の気持ちを話す富田さんです。
最初は家族の猛反対にあった富田さんですが、親戚のおじさんの鶴の一声で映画出演を許されます。親の心が分からない子供だったと話す富田さんに、お子さんが同じ立場になったらどうしますかと意地悪な質問をぶつけてみると、そこは予想通りの答えが返ってきました。

8月20日(水) 「休業と復帰」
14歳から女優として活躍していた富田さんですが、19歳の時、行き詰まりを感じて突如休業してしまいます。友達と喫茶店に行ったり、カラオケに行ったり・・・、普通の高校生のような生活を楽しんでいた富田さんでした。
でも、誘われてつかこうへいさんの舞台を見に行ったとき、それに魅せられてしまいます。気が付いたら次の舞台には自分が立っていたのだそうです。舞台に慣れていない富田さんはいろいろと苦労しますが、いつまでも真ん中に立ち続けてやる!という気持ちで頑張ったと富田さんは話してくれました。
30歳になった時のインタビューでは、「やっと肩の力が抜けました」と答えたけれど、実際は違うのだそうです。女優としての心構えもお訊きしています。

8月21日(木) 「女優以外の仕事」 
富田靖子さんはアイドル歌手でもありましたが、本人はあまり乗り気ではなかったのだそうです。芝居を表現する自信はあったけど、歌はよく分からなかったと話してくれました。
富田さんは結婚されています。結婚していちばん感激したのは生活上の苗字が変わった事、普段の生活が楽になったと富田さんは言います。逆に苦労しているのは料理の味付け、旦那さんだけでなくお子さんも辛みが苦手で、自分の分だけ別に料理を作っているのだそうです。でも運動会で頑張るお子さんを見たときは、自分と似ている部分があることを強く感じた富田さんでした。

8月22日(金) 「今一番やりたい事」 
今が一番楽しいと話す富田靖子ですが、最近一番困ったのは自分の時間が無いことでした。夜中に起きて台本を覚え、そのまま朝になりお子さんを起すという生活をしていたこともあったそうです。娘さんが小学校に上がってずいぶん楽になった、ありがとう小学校!と富田さんは笑って話してくれました。普段から家事をしているおかげでお母さん役が自然に演じられるのは良いけれど、と富田さんは楽しそうに話します。 
そんな富田さんが一番やりたいことはネールなどのおしゃれ。女優さんが一番制限されるのがこのおしゃれだそうで、いつかやってみたいけれど、面倒くさがりだからダメかなとも話してくれた富田さんでした。

<プロフィール>
1969年2月27日生まれ。福岡県出身。女優。1983年『アイコ十六歳』で127,000人の応募者から選ばれ主役デビューし、日本アカデミー賞新人賞を受賞。『さびしんぼう』(85年)主演と同時に主題歌「オレンジ色の絵葉書」で歌手デビュー。また『BU・SU』(87年)、『ほんの5g』(88年)、『マイフェニックス』(89年)で青春群像を爽やかに演じる。その後『あ・うん』(89年)などで実力派女優として成長。日本香港合作映画『南京の基督』(95年)、『キッチン』(97年)などに出演。